2025年7月9日放送の『徹子の部屋』に俳優・大森南朋さんが出演されました!
番組内では、大森南朋さんの母・小林桃枝さんについての貴重なエピソードも語られ、話題を集めています!
自由奔放でカリスマ的存在として知られた小林桃枝さんとは、一体どのような人物だったのでしょうか?
本記事では「伝説」と称された小林桃枝さんの波乱に満ちた生き様、そして大森南朋さんのプロフィールや経歴、家族関係にもに迫っていきますね♪
大森南朋の母・小林桃枝とは?『徹子の部屋』でも話題!
- 小林桃枝さんは1945年頃に長野県松本市で生まれ、10代で上京し、1960年代の新宿カルチャーの中心で活躍した
- 強烈な個性と反骨精神を持ち、「風月堂の女王」「女王ダダ」と称される伝説的な存在となった
- 結婚・離婚を経てシングルマザーとして2人の息子を育てながら、バー「ダダ」を経営し続けた生き様が今も語り継がれている
小林桃枝・生い立ちと若き日の伝説
小林桃枝さんは、1945年頃に長野県松本市で生まれました。
高校を中退した後、10代の若さで上京し、1960年代の新宿でカルチャーの中心地となっていた名曲喫茶「風月堂」で注目を集める存在となりました!
「風月堂」では店員や常連として活動し、その圧倒的な個性と美貌で一躍話題の人物となります!
当時の芸術家や若者たちからは「風月堂の女王」や「女王ダダ」と呼ばれ、カリスマ的な人気を誇りました♪
そのファッションや佇まいは、芸能人ではない一般人でありながらも、まるで映画の中から出てきたような存在感を放っていたといわれています!
小林桃枝・「ダダ」と呼ばれた理由とその生き様とは?
小林桃枝さんが「ダダ」と呼ばれるようになったのは、その価値観と生き方にあります!
社会の常識や枠にとらわれない自由な精神は、前衛芸術運動「ダダイズム」と共鳴し、まさにその象徴のような人物でした!
小林桃枝さんの言動やスタイルには、反骨精神と独自の美意識が強く表れており、当時の若者やアーティストたちにとって強い影響を与える存在だったとされています!
芸術や文化に対して無意識のうちに刺激を与え、多くの人々が小林桃枝さんの生き方に憧れを抱いていたことがうかがえます!
「ダダ」という名のバーを経営・女手一つで息子たちを育てる
小林桃枝さんは新宿「風月堂」で俳優・舞踏家の麿赤兒さんと出会い、1970年に結婚しました。
長男・大森立嗣さんと次男・大森南朋さんという2人の子どもを授かりましたが、子どもが幼い頃に離婚を経験しています。
離婚後は、「ダダ」という自身の愛称を冠したバーを新宿で経営しながら、女手一つで息子たちを育て上げました。
昼夜問わず働きながらも、息子たちは映画監督・俳優としてそれぞれ成功し、小林桃枝さんの育児と生活力の強さがそこに反映されているといえます。
若い頃は非常に美しく、女優や歌手と間違えられることもあったほどです!
その生き様と存在感は現在でも語り継がれており、芸術界やカルチャーに深い影響を残しています!
大森南朋・プロフィールと経歴
- 東京都出身の俳優で、俳優・舞踏家の父と映画監督の兄を持つ芸能一家出身
- 1993年に映画でデビュー後、2001年の主演作『殺し屋1』で注目を集める
- NHKドラマ『ハゲタカ』でブレイクし、大河ドラマや映画に多数出演
- ロックバンドのボーカルやナレーターとしても幅広く活躍
- 複数の演技賞を受賞し、実力派俳優として高く評価されている
大森南朋・プロフィール
- 大森 南朋(おおもり なお)
- 生年月日:1972年2月19日
- 年齢:53歳(2025年7月現在)
- 出身地:東京都
- 身長:178cm
- 所属事務所:アパッチ
- 趣味・特技:ギター、イラスト
- 家族構成:父(麿赤兒)、兄(大森立嗣)、妻(小野ゆり子)、子供1人
大森南朋の主な経歴・代表作
- 1993年:映画『サザンウィンズ日本編 トウキョウ・ゲーム』で俳優デビュー
- 2001年:映画『殺し屋1』主演で注目を集める
- 2007年:NHKドラマ『ハゲタカ』主演でブレイク
- 主な出演作:
- 『龍馬伝』(2010年・大河ドラマ)
- 『R100』(2013年)
- 『コウノドリ』(2015年)
- 『アウトレイジ 最終章』(2017年)
- 『私の家政夫ナギサさん』(2020年)
- 『そして、バトンは渡された』(2021年)
- 『どうする家康』(2023年・大河)
- 『シン・仮面ライダー』(2023年)
- その他の活動:
- ロックバンド「月に吠える。」のボーカル
- ナレーター・CM出演など幅広く活躍
- 受賞歴:
- 第32回エランドール賞 新人賞
- 第33回放送文化基金賞 演技者賞
大森南朋さんは、実力と個性を兼ね備えた俳優として、長年にわたり第一線で活躍し続けています!
1993年の映画デビュー以降、2001年の『殺し屋1』や2007年の『ハゲタカ』を皮切りに、多くの話題作で存在感を発揮しています!
俳優としてのキャリアに加え、ロックバンドのボーカルやナレーターなどマルチに活動し、芸能界で幅広い評価を得ています!
大森南朋を取り巻く家族
- 父の麿赤兒は前衛舞踏の第一人者で、80代の現在も舞台で活躍中
- 兄の大森立嗣は映画監督として数々の話題作を手がけ、家族共演も多数
- 妻の小野ゆり子は女優として活動し、家庭と仕事を両立する存在
父・麿赤兒のプロフィール
- 麿赤兒(まろ あかじ)
- 1943年2月23日生まれ(奈良県出身)
- 舞踏家・俳優・演出家
- 暗黒舞踏集団「大駱駝艦」主宰
- 前衛芸術の第一人者として世界的に活躍
- 白塗り・剃髪の独特なスタイルがトレードマーク
- 80代でも精力的に舞台・映画に出演中
兄・大森立嗣のプロフィール
- 大森立嗣(おおもり たつし)
- 1970年生まれ(東京都出身)
- 映画監督・脚本家
- 代表作:
- 『さよなら渓谷』
- 『MOTHER マザー』
- 『まほろ駅前多田便利軒』
- 父・麿赤兒、弟・南朋との親子・兄弟共演も多数
妻・小野ゆり子のプロフィール
- 小野ゆり子(おの ゆりこ)
- 1989年8月4日生まれ(東京都出身)
- 年齢:35歳(2025年7月現在)
- 女優
- 2012年3月に大森南朋と結婚
- 2019年に第1子を出産
- 映画・ドラマ・CMなど多方面で活躍中
- 自然体の美しさと演技力で注目を集める
大森南朋さんの活躍の背景には、芸術性と実力を備えた家族の存在があります!
父・麿赤兒さんは舞踏界の重鎮として国際的に知られ、兄・大森立嗣さんは映画界で高い評価を受ける監督です!
妻の小野ゆり子さんは女優として活躍しながら家庭も大切にしており、こうした豊かな家族関係が大森南朋さんの表現力や人間性に深みを与えています!

ご家族みんなが魅力的な個性をもたれているのね♪
まとめ
この記事では、2025年7月9日に放送された『徹子の部屋』で語られた大森南朋さんの母である小林桃枝さんが伝説と呼ばれた理由と大森南朋さんのプロフィールや経歴、家族関係についてまとめました。
- 小林桃枝さんは大森南朋さんの母で、「風月堂の女王」「女王ダダ」と呼ばれた伝説的存在
- 1960年代の新宿カルチャーを象徴する人物で、反骨精神と個性あふれる生き様が多くの人に影響を与えた
- 離婚後は「ダダ」というバーを経営しながら、女手ひとつで2人の息子を育て上げた
- 若き日の小林桃枝さんは美貌でも注目され、芸能人と間違えられるほどの存在感だった
- 大森南朋さんは1993年に映画デビューし、2007年のNHKドラマ『ハゲタカ』でブレイク
- 映画『殺し屋1』や大河ドラマ『龍馬伝』『どうする家康』など話題作に多数出演
- 俳優業に加え、ロックバンド「月に吠える。」のボーカルやナレーションなど幅広く活躍中
- 父・麿赤兒さんは前衛舞踏の第一人者で、80代でも舞台に立ち続けている現役の芸術家
- 兄・大森立嗣さんは映画監督として活躍し、親子・兄弟での共演作も多い
- 妻・小野ゆり子さんは女優として活躍し、自然体の美しさと演技力で注目を集めている
※ 記載している情報は、記事の公開当時の内容となります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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